蓬の歌を聴きながら

曹植とその周辺の人々の作品です。素人解釈なので誤字脱字誤訳などお気づきの点はコメントいただけると嬉しいです。m(。・ω・。)m

Category [三国志建安文学の逸話など ] 記事一覧

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隋代の曹植碑

東阿県のサイトに曹植碑の文章がありました。適当に意訳します。王諱植,字子建,沛國譙人也。陳思王植、字は子建は沛國譙県(安徽省毫州市)の人である。洪源與九泉競深,崇塞與三山比峻。自權與名勝乃昌興焉。その祖の起源は黄泉の世界より深く、山よりも高い。名声は広く知れ渡った。其後建國開疆,左右周室,顯霸業於東邾,彰芧封於譙邑。その子孫は国を興し、西周王朝を補佐し、邾国で覇を示し、譙国を与えられた。瓊根寶葉,蒔...

洛神の化身

中国サイトめぐってたら曹植の洛神賦についての論文を発見しました。王書才『曹植洛神賦主旨臆解』です。この論文によると洛神賦では女神の容貌についての記述やお互いの愛情が深く書かれている。そしてそのことからやはり女神はただの架空の人物ではなく、現実のモデルがいる。また、洛神は黄泉の世界にいる状況からこの世にはいない人物…とのこと。そこで、この論文では洛神のモデルは曹植の妻、崔琰の姪、崔氏ではないかという...

曹植好きの私が自問自答してみた~2013ver

自前で作った曹植好きさんに質問を更新しておきます。以前2011verを作ったのですが、内容をちょこっと変えました。後半しょうもない妄想質問ばかりですが(σ´□`)σ(2013verにしておきましたのでもし興味のある方がいらっしゃいましたらご自身のブログなどにのせてやってください。報告は任意です。教えてくださったら喜び勇んで駆けつけます。2011verの一部質問すりかえましたが以前の質問のままでも新しい質問に答えてくださっても...

文帝廟にまつわる逸話

今年の夏に許昌まで行ってきました。灞陵橋を見た後は郊外にの魏文帝廟に向かいました。三国志遺跡サイトさまによると、駅からバスがあるとのことですが、 http://sanguo.china-world.info/ある程度歩く必要があるとのことだったので、暑さ&時間短縮のためタクシーを拾いました。文帝廟に行きたいというとオッケーと行ってくれたタクシーの運転手さん。しかし、運転手さんも詳しい位置は分からなかったらしく(^^;町役場や近所の...

灞陵橋公園

今年の夏に許昌まで行ってきました。今更ながら回顧録としてもう一度まとめてみます。この時は広州から電車に乗って12時間ぐらいかけて許昌まで行きました。硬臥(寝台車)の切符が取れなかったので硬座(普通の座席)で。長時間座ったままは疲れました。でも相席になった河南出身の女性の方たちといろいろお話して楽しかった~。そしてなかなか日本人と気づかれない抹茶アイスさん。許昌の駅に到着。田舎町という感じです。まずは市内...

【閑話】ドラマでの曹丕の容貌

百度の曹丕吧にて面白いスレをいくつか見かけるので、翻訳してみました。【閑話】ドラマでの曹丕の容貌無名氏@葡萄党うちのドラマやイラストの曹丕の容姿っていまいちぱっとしないよね。役者の顔が悪いっていってるわけじゃないよ。香港の洛神の陳豪や新版三国の于濱も本来はなかなか男前だし、彼らのほかのドラマの役柄ではかっこよくメイクをしている。だけど曹丕を演じるとなると、なぜかメイク係りはどうも彼らをいけめんっぽ...

曹植関連書籍『漢末魏晋文人群落與文学変遷』

広州にある大きな書店で偶然見つけた建安文学関係の本を紹介します。『漢末魏晋文人群落與文学変遷』中国語繁体字。アマゾンでのレビュー評価は悪いようですが・・・建安文学の成り立ちや変遷などがまとめてあります。特に面白いのが曹丕と曹植それぞれについた文人、策士たちの特徴の共通点などの解析などです。曹丕側についたのは主に儒学を基本とする立場で、曹植側は儒学にとらわれず才能を重視した集まりのようです。最初曹植...

曹植の手書きの賦

百度の曹植スレをうろついていたら見つけました。曹植書賦稿曹植が書いた筆跡は『章草』と呼ばれるものであったそうです。この章草のなかに曹植の鷂雀賦と賦稿長巻が伝えられていたとか・・・また、高楽三という書家が曹植書賦十四篇という作品を残しています。それにしても章草の名家ということで司馬懿の名前も挙げられているんですが。。。之白阿史帖という作があるらしいです。こっちも気になる・・・...

鍾繇の洗硯池

許昌の北側の長葛というところに240平方メートル、深さ1~3メートルほどの池があります。そこは鍾繇が硯を洗ったと言われてます。もともと池は底が見えるほど澄んでいました。しかし、鍾繇が池で硯を洗っているうちに池に墨が入り込んでだんだんと池の水は黒くなり、ついには墨として使えるようになってしまいました。池の周りの景色もよかったため、鍾繇は習字台を建てて、台のあちこちに蔡邕ら著名な書家の作品を貼りしきり書...

虎を描く鐘繇

鐘繇は書家として有名ですが民間伝説では絵も描いていたそうです。鐘繇さんが10歳のとき許昌の郊外へ遊びに行きました。そして、木の枝を筆代わりにして地面に絵を描いて遊んでました。松や柏、花や草などを描いていたんですが彼が絵を描いて立ち去った後、不思議なことにその絵の柏の木が本物の柏の木になって現れたのです。柏は獅子や虎、鹿の形をしていました。やがて鐘繇が都で仕官するころ、虎の柏の木は悪い虎に変わり度々...

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