蓬の歌を聴きながら

曹植とその周辺の人々の作品です。素人解釈なので誤字脱字誤訳などお気づきの点はコメントいただけると嬉しいです。m(。・ω・。)m

Category [曹植令文書 ] 記事一覧

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釋愁文

『釋愁文』予 以愁慘,行吟路邊。形容枯悴,憂心如醉。有玄靈先生見而問之曰:“子將何疾以至於斯?”答曰:“吾所病者,愁也。”先生曰:“愁是何物,而能病子乎?”答 曰:“愁之為物,惟恍惟惚,不召自來,推之弗往。尋之不知其際,握之不盈一掌。寂寂長夜,或群或黨,去來無方,亂我精爽。其來也難退,其去也易追,臨餐困 於哽咽,煩冤毒於酸嘶。加之以粉飾不澤,飲之以兼肴不肥,溫之以金石不消,麾之以神膏不希,授之以巧笑不悅,樂...

與司馬仲達書

曹植は司馬懿にもお手紙書いてます。229年に明帝叡が司馬懿に呉を攻める策を尋ねるんですが、司馬っちは皖城に攻め入って呉をおびき寄せ、その隙を突いて軍を夏口に進めれば呉を打ち破ることができると献策しますが、この策はいいせんいってるけどまだまだ不十分だとして植は司馬っちに意見をのたまってます。これは冒頭部分が欠けていて断片しか伝わっていません。今賊徒欲保江表之城,守区区之呉爾。無有争雄於宇,角勝於平原之...

黄初六年令

令:吾昔以信人之心無忌於左右,深為東郡太守王機、防輔吏倉輯等任所誣白,獲罪聖朝。身輕於鴻毛,而謗重於太山。賴蒙帝王天地之仁,違百師之典議,舍三千之首戾,反我舊居,襲我初服,雲雨之施焉有量哉。反旋在國,揵門退掃,形景相守,出入二載。機等吹毛求瑕,千端萬緒,然終無可言者。及到雍丘,又為監官所舉,亦以紛若,於今復三年矣。然卒歸不能有病於孤者,信心足以貫於神明也。昔雄渠李廣,武發石開;鄒子囚燕,中夏霜下;...

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