蓬の歌を聴きながら

曹植とその周辺の人々の作品です。素人解釈なので誤字脱字誤訳などお気づきの点はコメントいただけると嬉しいです。m(。・ω・。)m

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曹丕『浮淮賦』

建安13年(208年)赤壁で曹操は孫権と劉備に敗れます。翌年3月譙に引き返し水軍を立て直します。7月に曹操は合肥に進軍。それに曹丕も同行しています。この賦はその時に作られたとされます。


建安十四年,王師自譙東征,大興水運,泛舟萬艘。
時余從行,始入淮口,行洎東山,睹師徒,觀旌帆,赫哉盛矣,
雖孝武盛唐之狩,舳艫千里,殆不過也。乃作斯賦云。

建安14年(209年)、父の軍は譙を出発し、孫権を征伐に向かった。
大水軍が河を渡っていく。
私も同行し、淮河を出発し、東山を経由した。軍隊は整然と並び、旗が掲げられ、意気揚々と進んでいく。
漢の武帝が行幸したときですら、これほどの大軍ではなかっただろう。

溯(泝)淮水而南邁兮,泛洪濤之湟波。
仰巖岡之崇阻兮,經東山之曲阿。
浮飛舟之萬艘兮,建干將之銛戈。
揚云旗之繽紛兮,聆榜人之喧嘩。
乃撞金鐘,爰伐雷鼓。
白旄沖天,黃鉞扈扈。
武將奮發,驍騎赫怒。
于是驚風泛,涌波駭。
眾帆張,群櫂(棹)起。
爭先遂進,莫適相待。

淮水を遡り南へと向かう船は大波に揺れている。
険しく聳え立つ岩山を仰ぎ見て、東山の河の曲がり角を経る。
万隻もの船上には鋭利な武器を持った兵士が並んでいる。
色とりどりの旗が風になびき、船員たちが大声で談笑する声が聞こえる。
鐘がなり響き、太鼓の音がこだまする。
白いヤクの尾の飾りがついた軍旗が掲げられ、黄金の装飾のついた鉞は光り輝いている。
武器を手にした兵士たちは元気はつらつで、勇猛な兵士の士気は高い。
一瞬大風が吹いて波が揺れた。
帆を広げ、舵を取る。
互いに先を争うように大船団は進んでいく。


・東山…安徽省の諸山という説、または同省懐遠県にある東山という説がある。
・曲阿…河の曲がり角か、江蘇省にある地名を指すか。
・干將…剣の名匠または彼が作った剣。
・白旄…全軍を指揮する才に用いられた旗。

(《北堂書鈔》137,《藝文類聚》8,《初學記》6,《御覽》770)
《北堂書鈔》《御覽》では《溯淮賦》となっている。

隋代の曹植碑

東阿県のサイトに曹植碑の文章がありました。
適当に意訳します。


王諱植,字子建,沛國譙人也。
陳思王植、字は子建は沛國譙県(安徽省毫州市)の人である。

洪源與九泉競深,崇塞與三山比峻。自權與名勝乃昌興焉。
その祖の起源は黄泉の世界より深く、山よりも高い。名声は広く知れ渡った。

其後建國開疆,左右周室,顯霸業於東邾,彰芧封於譙邑。
その子孫は国を興し、西周王朝を補佐し、邾国で覇を示し、譙国を与えられた。

瓊根寶葉,蒔芳蘭如莫朽;軒冕相傳,裘缙紳而不絕。
美しい玉のようで、蘭の如く香る名声は高貴であり、代々官職が途絶えることはなかった。

此乃備頒典籍,聊可梗概而言矣。
このように古典には記されている。

逮承相參,乃成王室,道勳隆重,位登上宰,受國平陽。
曹参は朝廷にて功労があり、上宰にまで上り詰め、平陽侯に封ぜられた。

自茲厥後,鳴鸾鳴玉,飛蓋交映。
それ以来、その高貴な様は宝玉に身を包み豪華な車に乗って軽快に行きかうようであった。

祖嵩,漢司隸太尉,公職掌三事。從容論道,美著阿衡之任,不亦易乎?
曹嵩は司隷校尉・大司農・大鴻臚を勤めた。穏やかな政治政策は宰相ばりのものであった。

父操,魏太祖武皇帝,資神龍虎剖判,郁以開基。
曹操は魏の武帝であり、英雄の資質を持ち、形勢をうかがって開国した。

名頒谶牒,謠敝真人。
功績は史書に称えられ、仙人のごとく広く伝えられた。

火運告終,土德承曆。
漢王朝の火徳が終わりを告げ、魏の土徳の時代が来る。

爰據圖錄,享有天下。驟改質文,馳遷正朔。
帝王の名の下に国を掌握した。国家理論を一新し、法令を整えた。

英雄之氣,蓋有余矣。
英雄の危害は天下を覆うに足りるであろう。

昆丕,魏高祖文皇帝,紹及四海,光澤五都。
兄の曹丕は魏の文帝であり、皇位を受け継ぎ、その恩恵は五都(長安、譙、許昌、鄴城、洛陽にいきわたった。

負名明堂,朝宗萬國。允文允武,庶績鹹熙。
朝廷には多くの諸侯が来朝した。文武によって多くの功績を残した。

正踐升平,時稱甯晏。致黃龍表瑞,驗兆漳濱。
天下泰平の時代に入り、世の中に安寧が訪れた。黄龍が現れ、縁起がよく、漳水の水辺で瑞祥が現れた。

玉虎金雞。
(参考サイトさんだと玉虎台、金雞台ってあるけど、鄴城のは銅雀、金虎、氷井だし。なんだろ?)
漢典には虎の形の玉(白虎?)、金鶏(神鳥、めでたい鳥)ともあった。

恒綸宇縣
王の印綬は永遠に受け継がれる。

王乃黃內通理,溫淑含英。
陳思王は小さいころから物事に通暁し、温和で文才を備えていた。

睿哲禀于自然,博愍由于無縱。
聡明さがあふれ出ていて、天下を広く哀れんだ。

佩金華以邁四氣,抱玉藻以忽風霜。
佩玉を帯びる高貴さは四季をめぐり?(曹植前期の様子を言っている?)、苦難の中でも佳作を生みだした。

綴贍藻于孩年,攝酉什于孺歲。尋聲制賦,赝诏題詩。
少年時は豊富に文章を綴り、若い時から官職を得た。思いのままに賦を作り、詔に応じて詩を詠んだ。

詞彩照灼,子雲遙慚于吐鳳;文華理富,仲舒遠愧于懷龍。
言葉は光彩を放ち、楊雄もため息が出るほどで、道理にかなった文章は董仲舒の才を凌ぐほどだ。

又能誦萬卷于三冬,觀千言于一見。
3回冬を越すうちに万巻の書物を読み、一日のうちの数千の語句を読み通すことができる。

才比山薮,思並江湖。
才能はぬきんでていて、思想も河のように広く深い。

清辭苑苑,若聚葩之蔚鄧林;綠藻妍妍,如河英之照巨海。
詩文も清らかで多彩、鮮やかな花のよう。海の喪のように大海に照り映えている。

武庫太官之譽,握促之器者也。但祿由德賞,頻享黃爵。
才能の誉れは帝王並みともいえるべきである。徳のある行いで俸禄を与えられた。

建安十六年封平原侯。十九年改封臨淄侯。
建安16年平原侯に、19年に臨淄侯になった。

都不以貴任爲懷,直置凊雅自得。
爵位におごることなく、世俗並みではない気品がある。

常閑步文籍,偃仰琴書。朝覽百篇,夕存吐握。
書物を片手に散歩をし、琴をたしなむ。朝に100篇の詩賦を読み、夕方には賢者を招き礼を行う。

使高據擅名之士,侍宴于西園;振藻獨步之才,陪遊于東閣。
高名な学士とともに西園(銅雀台)にて宴会をし、その文才は唯一無二、東閣にて遊覧する。

黃初三年,奸臣謗奏,遂貶爵爲安鄉侯。
黄初2年、役人の誹謗を受け、安鄉侯に格下げされる。

三年(二年?)進立爲王。及京師,面陳濫謗之罪,诏令複國。
3年、王に昇進し、都に赴き、皇帝に面と向かって誹謗されたことを訴え、詔により封地を回復した。

自以懷正,信如見疑,抱利器而無用。
正直なままに行動したため疑われ、才能を抱いていて登用の機会を得られなかった。

每懷怨慨,頻啓頻奏。
いつも恨みに思い、頻繁に上奏した。

四年(三年?)改封東阿王。五年(六年?)以陳前四縣封,複封爲陳王。
太和3年、東阿王となる。6年に陳の4県を与えられ、陳王となる。

以讒言數構,奸臣內興。
役人からはいわれのない罪を着せられ、讒言を受け続けた。

十一年裏,頻三徙都,汲汲無歡,遂發憤而薨,時年卅有一。
10年の内に3回封地を変えられ、楽しみのなく、ついに憂悶のまま亡くなった。41歳だった。

即營墓魚山,傍羊茂台,平生遊西,有終焉之所。
魚山に墓を作った。傍には羊茂台があり、いつもそこに登って楽しんでいた。この地を墓と決めた。

既如年代夐遠,兆茔崩淪。茂響英聲,遠而不絕。
すでに時が過ぎ、祭壇は倒れかけ、墓は沈んでしまったが、名声は今も伝えられている。

至十一世孫曹永洛等去齊朝。
11代目の子孫の曹永遠らが斉の朝廷に赴いた。

皇建二年,蒙前尊孝昭皇帝,恢弘古典,
皇建2年(561年)、北斉の孝昭皇帝により古典が復興され、

敬立二王,崇奉三恪。
商の湯王と周の文王、黄帝、尭、舜が崇拝された。

永洛等於時膺符表貢,面奉照皇親訓聖詔。
永洛らは皇帝の詔によって参内し、皇帝に目の前で直にお言葉を賜った。

比經窮討,皆存實錄。蒙敕報允,興複靈廟。
古典をよく研究し、信用できる史実を記録した。皇帝の計らいにより曹植の霊廟を修復した。

饋嗣蒸嘗,四時虔。
冬と秋には供え物をし、四季ごとに先祖を敬い参拝する。

使恭恭嗣子,得展忠誠之願;茕茕孝孫,長畢昊天之慕。
優雅で礼儀正しい子孫によって祈られている。孤独な子孫は空を仰ぎ見て祖先を慕う。

遂雕镂真容,镌金寫狀。庶使休二相度,永劫而不泯。
そこで曹植の容貌に忠実な塑像を彫り、黄金で形作った。先祖が永遠に穏やかに休めるように。

七步文宗,傳芳猷于萬葉者也。
七歩の文才の祖の偉業は何代にも語り継がれるだろう。
▽コメントリスト

洛神の化身

中国サイトめぐってたら曹植の洛神賦についての論文を発見しました。


王書才『曹植洛神賦主旨臆解』です。
この論文によると
洛神賦では女神の容貌についての記述やお互いの愛情が深く書かれている。そしてそのことからやはり女神はただの架空の人物ではなく、現実のモデルがいる。また、洛神は黄泉の世界にいる状況からこの世にはいない人物…とのこと。そこで、この論文では洛神のモデルは曹植の妻、崔琰の姪、崔氏ではないかという説を取り上げています。
崔氏は曹操に服装を咎められ死を賜っています。それを悲しんだ曹植が崔氏をモデルに洛神賦を読んだ可能性もなくはなさそうです。しかし女神と曹植は相思相愛で描かれていますが、実際の曹植と崔氏がどの程度仲がよかったのかはわかりません。もし特別に仲がよければ曹植は崔氏のことを詩で詠むだろうとも考えましたが、たとえ崔氏のことを詩に詠まなくても仲が特別いいわけではないと言い切れないし、実際には崔氏について詩を詠んだけれど、散逸してしまったかもしれません^^;
しかしながら曹植が洛神賦を作ったのは黄初年間、崔氏の死から数年が空きすぎています。また、崔氏の本籍の清河に洛河は通ってないし、洛神=崔氏と結びつけるにはいまいち証拠が少ないように思います。

今までで私が知り得た洛神賦モデル候補は
1.甄さん
2.丕兄様
3.有坂文さんが取り上げていた楊脩さん
4.崔氏
それから、
5.曹彰説ってのもみかけた。でも洛神賦書かれるの曹彰の死よりちょっと前な気がするんだけどね。いやそれよりも彰くんをわざわざ女神に脳内変換する植さんもすごいヽ(* ゚∀゚)ノ

曹丕 『武帝哀策文』

曹丕 『武帝哀策文』

痛神曜之幽潜,哀鼎俎之虚置。舒皇德而詠思,遂腷臆以莅事。
矧乃小子,夙遭不造,煢煢在疚。嗚呼皇考,産我曷晚,棄我曷早?
群臣子輔,奪我哀願,猥抑奔墓,俯就權變。卜葬既從,大隧既通。
漫漫長夜,窈窈玄宮。有晦無明,曷有所窮。鹵簿既整,三官駢羅。
前駆建旗,方相執戈,棄此宮庭,陟彼山阿。


【注釈】
哀策:文体の一種。帝王や后妃の生前の徳を称えた文章。玉石や木簡、竹簡に書かれ、太史令によって読まれたあと陵墓に納められた。
曜:月や星。ここでは曹操を喩える。
幽潜:太陽や月、星が隠れて暗くなる。人の死を指す。
鼎:食材を煮る調理道具。http://baike.baidu.com/view/14015.htm
俎:肉や野菜を切るときの台。まな板のようなもの。http://baike.baidu.com/view/307488.htm
虚置:そのまま放置されている。使う人がいなく、曹操が死んだことを表している。
舒:気持ちを吐き出す。
皇德:美徳。
腷臆:哀悼で気分が晴れない。
莅事:魏王の位を継ぐこと。
矧乃:その上、まして。
小子:曹丕自身の自称。謙遜の意がある。
夙:いつも。
不造:不幸。
茕茕:孤独。
在疚:喪に服す。
皇考:亡父への尊称。
曷:なぜ。
輔:補佐する。
猥抑:抑える。制御する。
奔墓:親戚知人が弔辞や供え物をもって駆けつける。
俯就:従う。
權變:臨機応変。
卜葬:弔事を占う。
大隧:墓の入り口から棺までの通路。墓道。
窈窈:暗く幽玄な雰囲気。
玄宮:帝王の墳墓。
晦:暗い。
鹵簿:帝王が出かける時に付き従う近衛兵。ここでは曹操の棺に従う兵。
三官:大司空、大司徒、大司馬。
駢羅:密集し並ぶ。
前駆:先導する。
建旗:旗をまっすぐに立てる。
方相:鬼払い。出棺の際に邪気を振り払う役目。黄金の四つ目の仮面をかぶり、黒い衣、朱色の裳を着て、矛と盾を持ち、鬼を追い出した。
陟:登る。
山阿:山の入りくんだところ。曹操の墓地。

こちらの現代語訳を拝借。
『三国時代の文学スレッド』まとめサイト
曹丕(曹子桓/魏文帝) > 武帝哀策文(芸文類聚-巻第十三-魏武帝)


よく中国の歴史ドラマのなかで人が亡くなると遺族が棺を担いで列を成して歩いているシーンが見られます。
中華風のラッパなどの楽器(にぎやかに聞こえる)を鳴らしながら冥紙という紙でできたお金をばら撒きながら歩きます。
今でも中国に行くとたまにこのような光景が見られます。
以前広東にいたときも葬式を行っている家族や参列者が音楽を鳴らしながら歩いていました。
曹操は洛陽で亡くなっており、曹操の墓だといわれる安陽の陵墓が本物だとしたら、そこまで約300キロ、電車でも3~4時間かかります。当時の交通を考えると結構な道のりですね。葬儀なのでわりとゆっくり進むだろうということを考えれば時速10キロ、道が悪ければ時速6キロ。平均時速8キロとして移動時間は約38時間かかることになります。
参考 http://www.big.or.jp/~t-shun/unbal/uw_e789/UWe789_system/uw-ex/wld-ex1/wld_tr02.html

ドラマや小説などでは曹操は曹丕をあまり可愛がってないかのような描写があるものもありますが、この武帝哀策文や曹丕の短歌行を読むと、けっして曹操は曹丕に冷たくなかったんじゃないかと思えてきます。
それにしても作中に鍋やまな板が出てくるとは、結構庶民的。

1月29日拍手返事

1月29日拍手返事

艶歌何嘗行

『艶歌何嘗行』

何嘗快獨無憂?但當飲醇酒,炙肥牛。長兄為二千石,中兄被貂裘。
小弟雖無官爵,鞍馬馺馺,往來王侯長者遊。
但當在王侯殿上,快獨樗蒲六博,坐對彈碁。男兒居世,各當努力。
蹙迫日暮,殊不久留。少小相觸抵,寒苦常相隨。
忿恚安足爭?吾中道與卿共別離。約身奉事君,禮節不可虧。
上慚倉浪之天,下顧黃口小兒。奈何復老心皇皇,獨悲誰能知?


【注釈】
嘗…かつて。今までに。
快獨…とても楽しい。
但當…ひたすら。
醇酒…美酒。
肥牛…祭祀用の食用の牛。
二千石…漢代の官吏の俸禄等級。
被…覆う。
小弟…弟。同輩に対する自分の謙称。
馺馺…馬が颯爽と駆ける。
長者…年齢や地位が高い人。
樗蒲…賭博遊戯の一種。楕円形の平たい四枚の木片の一面を白、他面を黒く塗り、二つの黒い面に牛、他の二つの白い面に雉を描き、投げて出た面の組み合わせで勝負を決する。
六博…すごろくの一種。こちらのサイト様に詳しい解説 http://www.geocities.jp/kaysak864/f-liubo.htm
坐對…向かい合って座る。
彈碁…遊戯の一種。おはじき。中央が高くなっている四角の盤を挟んで二人が向かい合い、6個または8個の白黒の石を並べる。自分の手前に置いた白または黒の石を指ではじき、中央の高いところを越して、相手の石に当たれば取り、当たらなければ取られる。
蹙迫…差し迫る。
殊…ことさらに。
觸抵…抵触する。衝突する。相手に反発する。
忿恚…怒る。
爭…直接人の誤りを言う。
吾…私。妻子の自称。
中道…途中。
卿…夫婦で相手を呼ぶ呼称。
約身…倹約して奉仕する。
禮節…礼儀と規則。
慚…自分の行いを恥じる。
顧…恋しく思う。
黃口小兒…雛鳥は口が黄色いことから、幼児の喩え。
奈何…どうしたらいいのか。
皇皇…不安で心が落ち着かない。


【訳】
楽しく憂いなど無いことがあるのでしょうか。ひたすら美酒を飲み、牛肉を炙る。 
長男は二千石を成し、次男は貂の毛皮の服をまとう。
弟は爵位はなくても、馬で颯爽と走り、王侯たちと行き来して遊んでいる。
王侯たちと樗蒲や六博を楽しみ、相対しておはじきを楽しむ。男子が世に生まれたならば努力をするもの。
日暮れが迫ったので、長居はしない。年若き者は互いに争い、貧しさや苦しみはつねにつきまとう。
怒り、人の誤りを言い連ねれば十分なのでしょうか。私は半ばにしてあなたと別れました。
あなたにお仕えする以上、礼儀もおろそかにできません。
空を見上げて恥じ入り、子供を恋しく思う。
いつも心が落ち着かずどうしたらいいものか、孤独な悲しみを誰がわかってくれるのでしょう。


漢代楽府『艶歌何嘗行・白鵠篇』を模したものとされる。

楊脩『節遊賦』

楊脩『節遊賦』

爾乃息偃暇豫。攜手同征。遊乎北園。以娛以逞。
欽太皞之統氣。樂乾坤之布靈。誕煙熅之純和。
百卉挺而滋生。谷風習以順時。橈百物而有成。
行中林以彷徨。玩奇樹之抽英。或素華而雪郎。
或紅彩而發赬。綠葉白蔕。紫柯硃莖。楊柳依依。
鐘龍蔚青。紛灼灼以舒葩。芳馥馥以播馨。嗟珍果之叢生。
每異類而絕形。稟翀和以固植。信能實而先榮。于是迴旋詳觀。
目周意倦。禦于方舟。載笑載言。仰泝涼風。俯濯纖腕。
極歡訢以從容。乃升車而來反
(蓺文類聚二十八。)


【注釈】
爾乃…そこで。
息偃…休息する。
暇豫…休憩の時間を楽しむ。
攜手…手を取り合う。
征…遠出する。
北園…銅雀台の庭園?
逞…思いのままに。
欽…恭しい。
太皞…1.伏羲。2東方。春。3天空。
統氣…全体の空気。
樂…楽しむ。満喫する。
乾坤之佈靈…天地の気。
煙熅…煙。暖かい空気。
純和…気質が穏やか。
百卉…多種多様の花。
挺…まっすぐ伸びている。
滋生…繁殖する。
谷風…『詩経』より。東風。万物を潤す。
習…絶えず吹き付ける。
順時…ちょうどいいときに。
橈…曲がる。
彷徨…あてもなく歩く。
抽…引く。
英…花。
素華…白い花。
紅彩…花の名。
赬…赤い。
白蔕…白い草木の根。
柯…木の枝。
硃…朱色。
莖…茎。
楊柳依依…柔らかな柳が風にのって揺れる。
鐘龍…竹の一種。
蔚…生い茂る。
青…深緑。青緑。
紛…様々に入り乱れる。
灼灼…輝く。
舒…伸びる。広がる。
葩…花。
馥馥…濃厚な香り。
播馨…香りを撒き散らす。
嗟…感嘆。賞嘆。
珍果…珍しい果物。
叢生…草木が群がって生えている。
絕…極端である。
沖…空に向かってまっすぐ。
信…芯?
實…果実。種。
榮…草花が咲き誇る。
迴旋…行ったりきたりする。ぐるぐるめぐる。
倦…疲れる。
禦…運転する。
方舟…2艘の船が並ぶ。
載笑載言…笑いながら話をする。談笑する。
泝…遡る。逆流する。
俯…頭を下げる。うつむく。
濯…濡らす。濯ぐ。
繊…小さい。細い。
從容…余裕がある。くつろぐ。
升車…乗車する。
反…帰る。


【てきとーな訳】
休息の時間を楽しもう。手を繋いで遠出し、銅雀台の庭園に遊ぶ。思いのままに楽しみ、
春の気候を楽しむ。温暖な天気で多種多様な草花がまっすぐ咲き、ちょうどいい風が絶え間なく吹いている。
草木をかきわけ林を歩き、珍しい花を引き抜いて遊ぶ。白い花は雪のようで、紅彩の花は赤が映えている。
緑の葉に白い根、紫の枝に朱色の茎。
優しい風にのって柳が揺れ、深緑色の竹が生い茂っている。
花はさまざまに咲き乱れ、濃厚な香りが漂う。
珍しい果物があちこちに実り、どれもいろいろな形をしている。
空に向かってまっすぐ生え、草花が咲いてやがて実になる。
行ったりきたりしてよく観察していると、だいぶ疲れてきた。
そこで船を並べて談笑しよう。
涼風を仰いで、俯いて川に腕をのばし、手を濯ぐ。
最高に喜び楽しみ寛いだら、車に乗って帰ろう。


いつものように適当な訳なので正解の和訳どっかに転がってないかな~。
曹植の節遊賦に和したものという説もあり、両者の節遊賦も季節は春の描写をしています。
攜手は手と手を取り合ってって意味だったら相手が気になるけどやはり植さんなのかな。
植さんは楊脩殿、お散歩行こう行こうって楊脩の手を引っ張り、だだっ広い庭を連れまわすんだろうね。
 
【追記】有坂文さんから沂じゃなくて泝だというコメントをいただきました。なのでちょっと訂正φ(^∇^ )
▽コメントリスト

劉楨『瓜賦』

『瓜賦』

楨曹植座。廚人進瓜。植命為賦。促立成。其辭曰。

含金精之流芳。冠種瓜以作珍。三星在隅。溫風節暮。
枕翹於藤。流美遠布。黃華炳曄。潛實獨著。豐細異形。
圓方殊務。揚暉發藻。九采雜揉。厥初作苦。終然允甘。
應時湫熟。含蘭吐芳。藍皮蜜理。素肌丹瓤。乃命圃師。
貢其最良。投諸清流。一浮一藏。
更布象牙之席。薰玳瑁之筵。賃彤玉之几。酌縹碧之樽。
析以金刀。四剖三離。承之以雕盤。羃之以纖絺。甘逾蜜房。泠亞冰圭。
(蓺文類聚八十七。文選顏延年皇太子釋奠會詩注。初學記十。
又二十七。引四條。又御覽二百四十六。八百十九。九百七十八。)

【注釈】
序文の始めの楨の字は太平御覧によって補われたもの。
序文で直接曹植の名を呼び捨てにするのは劉楨らしくないので、序は後からつけられたものとされる。
金精…西方の気。
流芳…芳香が漂う。
三星…心宿星?さそり座。アンタレス。夏に見える。
星…芸文類集では心。
溫風…温かい風。
節暮…季節の暮れ。
枕翹於藤。…芸文類集では杭翹放藤。
翹…掲げる。
藤…瓜のつる。
黃華…黄花。黄色い花。
炳曄…輝いている風貌。
布・・・配置する。敷く。
象牙之席…象牙でできた茣蓙。
玳瑁…タイマイ。ウミガメの一種。
玳瑁之筵…豪華な宴席
彤・・・赤い。
羃…覆う。
纖絺…葛の布。
亞…~に次ぐ。


【てきとーな訳】
(序)曹植と一緒に座ってたら 厨房の人が瓜を持って来た。
瓜の賦を作ってくれと言われたのでささっと瓜の賦を作ってあげた。

西方の香りが漂う、瓜の中でも珍しい瓜だ。心宿が空の片隅に輝き、暖かい夏の終わりの風が吹く。
蔓が美しく流れるようにのび、黄色い花が鮮やかに咲き、豊満な形の実が見え隠れする。
食器に盛り付けると色鮮やかで、甘い香りを放つ。
青い皮、そして中の果肉は真っ赤である。
庭師に命じて最上のものを持って来させ、流水にいれると浮かんだり沈んだり。
象牙の席の豪華な宴会で、朱塗りの机によりかかり、樽の酒を注ぐ。
刀で3つ4つに切り分け、花模様の器に載せ、葛の布で覆う。
甘さはミツバチの巣のようで、圭玉のように冷えている。


ここでの瓜はどうやら西瓜。それか哈密瓜とかそういうのかも。
はじめは縁側でひなだぼっこしながらまったりと西瓜を食べる劉楨さんと曹植が思い浮かんだのですが
豪華な宴席で西瓜が出されたようですね。
曹家の屋敷では西瓜が栽培されていたとかw
食後のデザートの西瓜なのかな。
中国のレストランではよく食後のデザートとして西瓜が出てました。

曹植好きの私が自問自答してみた~2013ver

自前で作った曹植好きさんに質問を更新しておきます。
以前2011verを作ったのですが、内容をちょこっと変えました。
後半しょうもない妄想質問ばかりですが(σ´□`)σ



(2013verにしておきましたのでもし興味のある方がいらっしゃいましたらご自身のブログなどにのせてやってください。報告は任意です。教えてくださったら喜び勇んで駆けつけます。
2011verの一部質問すりかえましたが以前の質問のままでも新しい質問に答えてくださってもOKです^^;)



≪曹植好きさんに質問2013ver≫


1  名前(ハンドルネーム)は?
2  三国志ではどの国が一番好き?
3 魏は好きですか?
4  三国志で一番好きな人物は?
5  曹植は何番目くらいに好き?
6 曹植好き暦何年ですか?
7  曹植を知ったのはどの作品または文献からですか?
8 曹植をはじめて知ったときの彼に対する第一印象は?
9 曹植を好きになったきっかけは?
10 曹植のどのようなところが好きですか?
11 曹植のどのようなところが嫌いですか?
12 曹植の優れている点は?
13 では欠点は?
14 そうしょく、そうち・・・どちらの読み方で読んでいますか?
15 『正史三国志』を読んだことはありますか?それに登場する曹植についてどう思いますか?
16 曹植が登場する小説でおすすめの物はありますか。
17 曹植が登場する漫画でおすすめの物はありますか。
18 曹植が登場する映画やドラマでおすすめの物はありますか。
19 無双にモブとして登場した曹植についてどう思いますか?
20 曹植関係の文献でお勧めのものはありますか。
21  曹植のエピソードで思わず笑ってしまったところは?
22 曹植のエピソードで思わず泣けてしまったところは?
23 曹植のこの言動に感動した。
24 ドラマやアニメで曹植役を演じるならこの人がイメージに合いそうな俳優さん声優さんはいますか?
25 曹植って結構マザコンだったと思う?
26 いや、実はパパっ子。
27 いやいや、絶対お兄ちゃんっ子だ。
28 実は弟思いのいいお兄ちゃんだった。
29 曹植と一番仲のよい兄弟って誰だったと思いますか? 
30 実際曹丕との仲は・・・険悪だった?それほど悪くなかった?むしろ仲良しだった?
31  曹植好きさんには曹丕も好きという方と、曹丕は嫌いという方がいるようですが、あなたはどっち?
32 甄氏との恋愛、ホントのところどうだったと思う?
33 曹植に後継者争いに積極的に参加する気はあったと思いますか?
34 否応なしに後継者争いに巻き込まれることになりました。どちらの側につく。
35 もし曹植が帝位についていたらどうなっていたと思う?
36 曹植と一番仲がよかった家臣、側近は誰だと思う?
37 曹植が苦手だった人は誰だと思う?
38 曹植と奥さん(崔[王炎]の姪)の関係って仲睦まじかった?それとも冷め切っていた?
39 正史では曹植の妻は少なくとも二人は(崔[王炎]の姪ともう一人)いたようですが、実際奥さん(妾含む)って
40 それでは子どもは全員で何人くらいいたと思う?
41 曹植の詩や賦で好きなのはありますか?
42 七歩詩って曹植の作品じゃないって説が有力だけど、どう思う?
43 洛神賦のモデルって甄皇后説と文帝説、その他いろいろあるけど実際は誰だと思う?
44 曹植にぜひともこうしてほしかったということは?
45 曹植を漢字一文字で表すと?
46 曹植って草食系?肉食系?
47 曹植を好きになってよかったことは?
48 サイトやブログ、オフラインで曹植関係の作品を取り扱っていますか?またこれからやってみたいと思うことはありますか。
49 あなたと曹植が似ているなと思うところはありますか?
50 もしあなたが曹植の周辺の人になれるとしたらどんな立場の人になりたい?
51 曹植があなたのために何かやってくれると言います。どんなことを頼む?
52 曹植に何か質問できるとしたらどんなことを聞く?
53 曹植の詩や辞賦を現代風にアレンジして楽曲にするとしたらその曲を歌ってほしいアーティストは?
54 もし、曹曹植が現代にやってきたら一緒にしたいことや連れて行きたいところは?
55 もし、曹植が現代に生まれていたらどんな職業についていたと思う?
56 曹植にプレゼントするなら何をあげる?
57 曹植からプレゼントがもらえるなら何がほしい?
58  暇な時、つい曹植のことを考えていた……なんてことありますか?
59 あなたにとって曹植とはどのような存在?
60 曹植になにかひとこと。

  



以下は抹茶アイスの回答。そんなこと誰も聞いてないって……いいんだよ、ただの自己満足なんだよ。


▽コメントリスト

曹丕『十五』

『十五』

登山而遠望,谿谷多所有。
楩楠千餘尺,眾草芝盛茂。
華葉耀人目,五色難可紀。
雉雊山雞鳴,虎嘯谷風起。
號羆當我道,狂顧動牙齒。

【注釈】
十五…楽府旧題。『楽府詩集』の一種『相和歌辞』に属する。漢代楽府『十五従軍征』(過酷な兵役を嘆いたもの)を擬したとされる。
谿谷…渓谷。
千餘尺…後漢時代の1尺は約23cm。
華…花。花びらと葉がまぶしく輝いている様子。
五色…いろいろな色。
難可紀…草木が生い茂り、鮮やかで目を奪われる。紀…記。
雉…キジ。
雊…キジが鳴く様子。
虎嘯…虎が吼える様子。
谷風…東風。
號…大声で鳴く。
當我道…行く手を阻む。
狂顧…周囲を見渡す。
動牙齒…熊やヒグマが牙をむいている様子。


【訳】
山に登り遠くを眺めると、所々に渓谷がある。
楩やくすのきは千尺あまりになり、青々と葉が生い茂っている。
草花はまぶしいほどに咲き誇り、色とりどりで目がくらむほどだ。
キジが鳴き、虎が吼えて風を呼び起こす。
ヒグマが吼えて私の道をさえぎり、牙をむいて周囲を見回している。


朱乾『楽府正義』によると曹丕が従軍した際に道行く光景を描いたものといいます。
またここでの雉は曹植の側近である楊脩や丁兄弟、虎を曹植に喩えているとしています。
曹植が曹操にとてもかわいがられていた時期に詠まれたものでしょう。
自分を押しのけて曹植を後継にしようとする丁兄弟たちの行動に警戒していたかのようです。
牙をむいてゆく手を阻んでいるのは誰なのでしょうか。あたりを狂ったように見渡していると言っていますから
曹丕側の挙動を虎視眈々と見渡している人物でしょう。曹丕が曹植側で一番警戒してたっぽい人物といえば丁儀が思い浮かびます。

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